世良心療内科クリニック

小樽市の心療内科、精神科 世良心療内科クリニック

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コラム

baby step

京都にて

京都に来ています。 ってか、ほんとは大阪だけど、一応途中下車したし(へへ) 大阪に行くといっても、誰もうらやましがらないし(^^)。 それが、京都って言ったとたん、わぁステキ、いいなぁとなるから不思議。 究極のブランド力ですね。 4月なかばの京都は、例年なら桜が満開。 けど、今年は2週間も見ごろが早まり、京都駅の観光案内書の桜情報も、 “見頃”はほんの2,3か所で、あとは全部、”見頃終了”のマークが!!!! なんてこった! でも、いっそ、あきらめがつくってもんです。 へんに遠まわしに、さて・・・とかいわれるより、”見頃終了!”って、きっぱり書かれてると、 まったく期待しませんもん。 でも、観光客の姿だけは山とあった。 なにせ、帰りのおみやげ、駅の周辺ほぼすべての店でうず高くつまれている”赤福”が、 みごとに売り切れだった、と言ったら、そのすごさ、少しは伝わるでしょうか。 日曜ということもあって、駅前のバスロータリーには、ともかくこれでもかって人の山。 長蛇の列。 行先方面別に、有名寺院や神社の名前が書かれたノボリが立っているんだけど、 一番人気はやはり祇園や八坂を通って、銀閣寺に行くコースかな。 一台じゃ乗り切れず、どうしたらいいか、バス乗り場案内おじさんのまわりにも、 二重三重のひとだかり。 混雑してるバスに、でっかいスーツケース引っ張って乗ってくる観光客も多いから、 なんだかもう大変なことに。 でも、私の行きたい岩倉実相院方面は、いつもすいてるから平気だもんねぇ 、うっふっふ・・・と思ったら、な、な、なんとバスがなくなっていた!! えっ、は、廃止??不採算路線で? 2年前は、乗ったよ、たしか・・・・!! いつも空いてる=人気ない=廃止ってことだったのね・・・。 結局、京都には午後2時についたのに、バスを乗り継いで岩倉につき 、お世話になった方のお見舞いという本来の目的をすませたら、 もうあっというまに時間はなくなって、どのみち桜どころではないのでした。 で、大阪についたら、夜の心斎橋はすごいことになっていた。 私と同世代の人々には、オウヤンフィフィの♪こぬか雨ふる~御堂筋~♪でおなじみの あの大阪のメインストリートの商店街は、わんわかわんわか 居並ぶすべての店が自分ちのテーマソング流してるんちゃうん??みたいなにぎやかさ。 それに負けじと呼びこみのお兄ちゃんやらギャルやらが 脚立によじのぼって大声あげたり、飛びあがって商品名連呼したり。 右側通行とか左側通行とか、人の流れって自然にできそうなもんだけど、 それもなく、ともかくぐちゃぐちゃ。 みんな好き勝手にあっちよりこっちより、人波を縫っていきかう。 大きなバッグをひっぱてってる外人さんや、記念写真とってる観光客が あっちこっちで邪魔になってて、 いかにも地元の家族連れの子供がぴいぎゃぁ親の手をふりきって 逃げようとしちゃ怒鳴られ、恋人たちはわれ関せず見つめあってノロノロ歩き、 店の明かりはどこもパチンコ屋かと見まごうほどの明るさと派手さで。 中国語に韓国語、英語にタイ語、 ??ん?なんか宮崎あおいのCMみたいな言葉はフィンランド語か?ってくらい、 なんかともかくいろんな言葉がいりみだれて、その賑やかなこと賑やかなこと。 思わず、母がつぶやいた。 「ねぇ、大阪の方が全然勢いあるんじゃない?」 「だよね~?」 銀座なんか、夜8時をすぎたら、人なんかびっくりするくらいまばらになるよ? 日本一の繁華街がこんなことで大丈夫なの??? って、ほんと、不安になるもん。特に最近なんて。 まぁ、銀座は繁華街といっても、そもそも品のいい特別な街だから、・・・・・ [続きを見る]

歌舞伎はいかが?

新しい歌舞伎座が完成したと、ニュースが伝えていた。 へぇ。おととい、通りかかった時は、まだ壁塗ってたけど。 正面じゃなく横手の扉の上の小さなスペースだったけど、職人さんが一人でころころローラーでぬりなおしてるふうだったけど。 しかし、見てきたばかりの光景が、テレビの画面から流れてるくるって、なんだかちょっと不思議な気がするもんですね。 新しい歌舞伎座は、以前とほとんど変わらない。後ろに高いタワーがそびえてるけど、意外と圧迫感はない。むしろ、 ちょっと開放的な感じになったかも。 特に横手はガラス戸の開口部が広く、大道具の搬送口らしいとこもすっかり見えて、わぁ、さすがに天井高いわぁ。 以前は、黒い塀がぐるり取り囲み、内部まったくはうかがいしることができず、小さな裏木戸から、たまに黒子のかっこうした人が出てくるのを見かけたりすると、なんか、内緒のできごとでも目撃したような気分になって、ちょっとどきどきしたものだ。 それがまたちょっと若い子だったりすると、おぉ、伝統芸能を下から支えているのね、えらいわぁと、ちょっとかっちょよく見えたりして。 ん、新歌舞伎座、おすすめかも。 でも、歌舞伎って、おもしろいの? そう聞かれると、私は即答する。うん!!すっごく!!と。 だって、あんなめちゃくちゃなエンタテイメントって、そうはないよ! だって、面白くするためなら、もうなんだってあり、なんだから、ほんと。 だってさ、普通のお芝居でさ、たとえば、途中で主演俳優が役を交代するなんてことあります?しかも、観客にはなんのことわりもなく、1幕目と2幕目で、役が代っちゃってるんだよ? 2幕目はそのもうひとつの役の方がかっこいい場面が多いからってだけでだよ??!!!そ、そ、そんなぁ!? 私、目疑ったもん。初めてそれ見た時。 なんのお芝居だったかも、今は昔のことすぎて覚えていないけど。 で、3幕目には、また元の役にもどっててさ。平気で。 究極のスターシステムっていうんですかね。 もう、すべては主役をもりあげるためにある、みたいな。 主役がこれからいっちゃんかっちょいい長セリフをいう時に、な、なんと舞台上の役者が全員くるり、後ろむいたこともありますから!!!! 一体、なにごと??と、初心者の私は唖然。 けど、客席はざわつきもせず、平然と舞台をながめやっていた。 つ、つまり、主役だけを目立たせるために、全員後ろをむいてしまったのだぁ~~~!! さすがに、その後、そんな演出には2度と出会ったことはないが、絶対に私の思い違いじゃないってことだけは、確かだ。 よく、主役が両手をひろげてか~~~っっかっかっかっかっとかって、見得を切るっていう所作があるけど、あれなんて、いわば”一人クローズアップ”だし。 大捕り物って、主人公が役人から追われるシーンなんかも、最初はチョンチョンチョンと、刀を型通りに交えるだけなんだけど、だんだん白熱してくると、そのチョンチョンがちょこっと早くなる。 と、ほんのちょっとスピードアップしただけなのに、観客の目にはものすごい大立ち回りに、ちゃんと見えてくるのだ! 緩急のぐあいが、スピードを生むんですね。 追われてる主人公はどこまでもかっこよく、追う方にはたちていちょっとマヌケがまじってて、そういうやつはおデブで真赤な鼻をしてありと、一目でわかるのも、いいでしょ? ストーリーも、実は、たいして難しくない。 主君の仇討だったり、遊女とあほな若旦那の恋物語だったり。お家再興のための艱難辛苦とか。 落語をもとにしたお芝居なんかもあるし。 歌舞伎の興業は、普通のお芝居と違って、一つの物語を初めから終わりまでというのは、少ない。 よく知られた物語の、いい場面だけを2幕ほどやって、あとは踊りとか。それも、やっぱり、お客さんのための”いいとこどり”なんだろなぁ。 忠臣蔵なんかは、話の発端からエピローグまでやることもあるけれど、そういうのは”通し狂言”といわれて特別な芝居に限られている。 私が好きなのは、”身替り座禅” 浮気なご主人様が、遊び女のところにいきたいのだが、奥方が怖いので、祈祷のため離れのお堂にこもるから誰も入ってはならんと、うそをついて抜け出すというお話。 頭からすっぽり自分の着物をかぶせた家来を身替りに、まんまと逃げだし、ほろ酔い加減でもどるや、いい女だったのなんのと家来にぺ~らぺら。 が、家来と思ったのは、夫のたくらみに気づいて、かわりに着物をかぶって待ち構えていた奥方でしたとさ!! 最後はご主人さまが奥方においかけまわされて・・・って終わるのだけど、この奥方役をやるのが、きまってふだんはバリバリ立ち役(男役)の人気役者。 吉衛門に幸四郎、仁左衛門、菊五郎、左団次まで! 一方ご主人役は、勘三郎だの、団十郎だの。 二人とも,あいついで鬼籍にはいってしまったけれど、ほろ酔い加減で女のもとから帰ってくるときの、ぽわぁっとした表情のなんとも可愛いかったこと。なんせ、客席から笑いがもれるんですから。もう、ほんと、しょうがないんだからって。 どうにも憎めないんですよね。 おおらかで、愛される人柄じゃないと、この役には似合わなかった気がする。その意味で、主人役にはこの二人が一番だった気がする。 悲しいというより、もうすでに懐かしい。 懐かしくて、思い出すと、心にぽわんっと明かりがともる。 あの、ほろ酔い加減のご主人様がもたらした、あったかい空気とともに。  あれはいつのことだったか。 三宅坂の国立劇場に忠臣蔵を見にいっていた時、幕間にロビーに出ると、雪が降っていた。わぁ、すごい。きれい。 今見たばかりの討ち入りの雪と、外の雪が重なって、一瞬芝居と現実が地続きになった気がした。 客席にもどってしばらくすると、場内アナウンスが入った。 “雪のため、交通に支障がでています。遠方よりお越しのお客様はお早めにお帰りになさいますようお願いもうしあげます”・・・・・ [続きを見る]

リボーン

♪ 時は あまりにも 早くすぎゆく・・・・ って、ジュリーが 昔 歌ってたなぁ。 だれ、それ?!・・・って、ジュリーです、ジュリーっ!! なにもかもが、本当に、あっというまに過去になっていく。 ついこないだ、世界が滅亡するかもって大騒ぎになってたの、 あれ、ほんの1か月前のことですよ!! なのに、もう、だれも噂にもしないのね。 いや、一部の人はしつこく、今度は2015年だ、 2015年の9月3日があぶない!とかいってるらしい。 なんでも、マヤ人が”うるう年”を計算にいれるのを忘れたんで、 3年ほどの差が出たんだそうな。 でもさ、5125年なんて、とでもない長い周期の暦を作ることの できる民族がさ、たかだか4年に一度の閏年を計算に入れるの、 忘れるなんて、そんなことありますぅ?? いくらなんでも、初歩的すぎるっしょ?? 、 でもって、地球滅亡を願う(?)勢力(?!)は、 マヤ人だけじゃ不安になったのか、 今度はエジプトの古い言い伝えを持ち出してきてるんですって? それによると、とある島にある神殿に全部で1465体の 神々が刻まれており、そこにはこの神殿を閉ざしたら、、 一体の神につき1年分ずつご加護が失われると記されているのだという。 が、にも関わらず、神殿は西暦550年に閉鎖された!! つまり、それから1465年後の2015年、秋分の日に、 この世は神の怒りで水没する! マヤ人の9月3日説、エジプト人の9月23日ごろ説。 どっちも近いから、きっと、世界はこのころ滅亡するだろうってさ。 いいけど、なんかアバウトすぎません?? 2012年がはずれたから、次は3年後でどうでしょう・・・みたいな。 でも、マヤ暦騒動で、ひとつおもしろかったのは、 ビュガブック村だっけ? なんか、フランスだかトルコだかに (なぬ、それこそ、アバウトだって?たしかに!) 世界が滅亡する時も、唯一、 空から救けにくるって言い伝えの村があったこと!! なんか、ちゃんとあるんですね、やっぱ。 抜け道っていうか。 ま、世界何十億の民からみれば、それで救われるなんて せいぜい2,3千人たらずの人間なんだろうけど。 それでも、まったく完璧に全滅っていわれるよりは、 ちょっとは救いがある気はする・・・かな? ま、自分がその何億分の一の確率にはいれるとは、 決して思えないけどさ。 それでも、なんか希望っていうか、 すくなくとも、だれかには未来を託した、 みたいな気分にはなるっていうか・・・。 そういえば、『渚にて』って古い古い近未来映画では、 第3次世界大戦で、核の使用と放射能汚染により 北半球の人類が滅亡してしまう。 だが、失われたはずの地からモールス信号が届く。 もしや、生存者がいるのか?! 廃墟となった北へ、決死の思いでむかう捜索隊。 彼らがそこで発見したのは・・・・・。 ネタバレがいやな方は、この先、危険、進入禁止です(^^)。 捜索隊がそこで発見したのは、・・・・・ [続きを見る]

帰らないでぇ

「帰らないでぇ」 と、まじに泣かれた。 60才をむかえる仲間のために、 “昼間っからぐだぐだワイン&うまいもん会”をと、 友人宅に集まった時のこと。 「なんで~、なんで帰っちゃうの?さびしいの。一人にしないでぇ」 いつもひょうひょうとしているA子が、泣いて私たちの腕をひっぱった。 郊外の住宅地。 行きは急行の停まる駅に集合。 車でむかえにきた友人と、まずはデパ地下でお買い物。 ワインは万事気がきくTちゃんが、ネットでずでに手配済み。 「ね、ね、これってさぁ、もはや、トマトの値段じゃないよね?!」 「あ、サーモンさぁ、スモークしてないのでいいよ。高いから」 「しまった。違う店のクーポンもってきちゃったぁ」 「もぉ~っ」 なんて、会話はおばはん主婦丸出しなんだけど、 気持ちは、学生時代のコンパ気分のまんま、 ワイワイ、カゴに食材ほおりこんで。 「もう、みんながくるからさぁ。がんばって掃除したんだけど、 汚いから、あんまりいろいろチェックしないでね」 玄関に入る前に、あらかじめ懇願(?!)されていたにもかかわらず、 「あはっはぁ~、拭き残し発見~っ」 と、叫ぶやつはいるし、もう最悪っ! って、わたしです、それ言ったの。ごめんごめん(^^)。 そしたら、もう一人がすかさず、 「ふきん、とって?」と、ぱっぱか、拭きだしたりして。 「もう、やだわ」 とかいいながら、A子も、笑ってられるところが、 なんといっても昔からの友達のいいところ。 それに、わたしとA子は、どっちがより”かたづけられない女”かをめぐって、 互いに自分の方がひどいと言いあい、ひそかに部屋の様子を写メして 送りあった間がらなのだ。 なんで、そんなアホな約束をしたものか、 あまりに散らかった自分の部屋をうちながめた時は心底後悔したけれど。 あ、結果? そりゃぁ、まぁ痛みわけというか、どっちもどっち!!!という・・・・。 A子が結婚して30数年。 その間、家を訪ねたのは、今回でわずか3,4回。 それでも、なんだか、全然遠慮しないんだなぁ。 する必要もないっていうか。 さて、今回集まったのは、全員がまもなく還暦をむかえるというほかに、 みんなで、彼女が最近出たテレビ番組を見る!!!というスペシャルな できごとのためだ。 桂三枝の『新婚さんいらっしゃぁ~い』の、熟年版みたいのがあって、 なんとA子夫妻が出演したのだという。 放送前に、一斉メールで知らせがきたのに、私ときたら、当日の夜 オンエア5分前にはテレビをつけ、待ちうけていたにもかかわらず なんと気づいたときには、もう朝だったという・・・。 つけっぱなしのまま、寝入ってしまってたのね。 他のふたりは、ちゃんと見た。 「きれいに映ってたよ!」 「お嬢様と理系オタクの恋物語って感じだった!」 「でも、だんな、幸せそうだったねぇ」 「多少脚色はあるけどね」 そんなメールがいきかい、・・・・・ [続きを見る]

ファシズムの官能

シャラシャラ パイプオルガンの音が天井からふりそそぐ。 ステンドグラスからさしこむ光で堂内は淡い薔薇色に染まっている。 小学校の教室を少し長くしたくらいの小さなチャペルには、 オルガニストのほかには、だれもいない。 “どうぞ、御自由におはいりください” 立札に導かれて、そおっと、一番近くの簡素な長椅子に腰をおろす。 オルガニストは、侵入者にふりかえることもなく、壁のオルガンにむかい演奏をつづける。 その調べはきらびやかではあるけれど、荘厳で、なんだか天上からの贈り物のように美しい。 礼拝堂のなかは音楽で満たされているのに、静謐感にも満ちている。 わたしは、無言で堂内をあおぎ、小さく息を整える。 背筋を伸ばす。 目をつむる。 すると、オルガンにふきこまれる風の音が、なるほど神様の息吹のように思えてきたりもする。 月に何度か、近くの大学へ雑誌を買いに行く。 そのたびに小さなチャペルの前を通る。 朝のキャンパスにはまだ学生の姿もまばらで、礼拝堂には人のいたためしがない。 パイプオルガン素晴らしいなんてどこにでもあるもんじゃないのに 誰も聞き手がいないのがもったいなくて、ときおりのぞく。 小さいとはいえ、たったひとりの礼拝堂で演奏をきくなんて、どんなに贅沢なことか。 じつは、これ、本番ではなく、正規のミサのための練習らしく 、ときおり、間違っておなじとこ繰り返引きなおしたりするのだが、それもご愛嬌。 クラシックを聴いていると、ごちゃごちゃした感情がリセットされるというか、 頭の中をクリーニングされた気分になるのだけれど、 ここでの演奏にも同じクーリング効果がある気がする。 静謐感ただよう落ち着いた空気のなかで、柔らかな光と調べに包まれていると、 あぁ、いい人間いならなくちゃだなぁとか、うん、神様っていても悪くないなぁ すくなくともなんかどっかにおおいなる存在ってあるかもぉ~~~とか思ってしまう。 う~~~む、私を洗脳するのは簡単だなぁ。 そういえば。 その昔、東京のカテドラル教会というころで、ヘンデルのメサイアを聴いたことがある。 式は小澤征爾。 モダンなコンクリート建築で知られる教会は、内部もすっきりシンプルで、 最初はだだっ広く感じられた。 けど、若きマエストロ(そのころは、まだ今みたいな山姥風じゃなかったのです・・・!!)が、 指を一振りすると、一挙に空間がぎゅっと詰まって、光りにつつまれ、 同じ一つの箱舟にのせられて空に吸いあげられていくみたいな浮遊感にとらわれた。 それまで、ただの飾りでしかなかった中央の十字架が、 メサイアの合唱とともにブワ~ンッと上昇していくように見えた。 もちろん、それは単なる”感覚”で、実際に十字架が動いたわけじゃない。 でも、何十年かたった今でも、あの小澤征爾の指先から音楽が”生まれた”瞬間の 光景は心に残っている。 それは、魔法のような瞬間で、一時、小澤はわたしの憧れだった。 今、その座は、彼の弟子の佐渡裕にとってかわられていますが・・・(へへ) でも、あれ、メサイアだったってとこが、ミソですかね。 ミソじゃなくてミサ曲とかって、キリスト教とかにかぎらず、法悦っていうのか、 ある種の官能を帯びていいる気がする。 陶酔させるなにか、というか・・・。 お茶の水のニコライ聖堂で聞いたロシア正教の祈りの歌なんて、 美しいなんてもんじゃなかった。 白い漆喰の壁に金色の縁取り、一面きらびやかな意匠のほどこされた美しい堂内は しかし、ほの暗さのなか非常に厳かで、 幾多の燭台の灯りに十字架と聖人の貌をぼんわりうかびあがっている。 わずかに甘けむい香の白い影が、かすかな光にもやい、 耳慣れぬ響きの言葉による男性司祭たちのゆったりとと深い声の合唱につつまれると、 エキゾチズムを通り越し、もはや異空の夢をさまようようで、。・・・・・ [続きを見る]

あぁ、ルネッサ~~ンス!

青い空に、薔薇色の雲がうかんでいる。 いや、陣取り合戦をしているといったら、いいか。 澄みきった青に、薔薇色と白い雲、そしてわずかにグレイがかった青がまじりあい、 どこまでも明るく、穏やかな大空。 世の中には悪いことや不安など、まるでないようで。 幸福な恩寵がそこにはあるようで。 つい、足をとめてしまう。 こんな空は、冬にも秋にも春にも、ない。 むろん、真夏にも。 夏のおわりの、まだ夕暮れにはちょっとある、そんなつかのまのひととき。 でも、どこかで見た気がする・・・と思ったら、美術の教科書だった。 あぁ、これって、ルネッサンスの空だ。 ラファエロとか。 んふふ。そりゃ、いたずらな天使の一人や二人、描きたしたくなるかもなぁ。 もし、わたしが画家だったら、この空のうつりゆく一瞬を自分の手で描きとめたいと思うだろう。 ま、図画工作は”2”でしたが(!!)・・・。 そういえば、ルネッサンスの空の色は、ルノワールにも似てる。 ルノワールなんて、太ったおばはんの裸とか描いてて、どこが巨匠やねんと、中学生のころは気恥ずかしくさえ思ってたけど、60年ちかく生きてきて、はたと気づく。 あぁ、この人は、幸福を描きとめようとしたんだ、と。 ピアノのおけいこをしている二人の少女の絵には、苦しみだの憂鬱だの、影もなく。 薔薇色とブルーのサッシュは、ルネッサンスの空と同じ幸福色をしている。 “幸”という漢字は、手にカセをはめられた姿を模したものだと聞いて、びっくりしたことがある。 つまり、本来なら、何らかの罰により足カセもはめられて大変だったはずが、手だけですんで、あぁ良かった!!・・・・っていうのが、”幸”の語源なんだとか。 え、え~~~っ???!! し、しあわせって、そ、そんな消極的な意味合いだったんかぁい???? もっと、プラスの喜びとかさ、そういうのと関係あったんじゃないの??? ま、まぁね、病気になれば、ふつうに健康だったというだけで、どんだけ幸福なことだったか・・とは思うけど。 わたしだって、ルネッサンス絵画みたいな空みあげながら、なんの不安もない今現在がひろがっているようで、至福とはこれか・・・と思いはしたけれど・・・。でも。 なんか、もう少し、積極的な意味合いがほしい気もするのでした。 すてきな恋人がいるとか、お金があるとか・・・(^^) そういえば、ある時、失恋した若い友人が、自己啓発セミナーとやらにはまって、やたらめったらハイテンションだったことがある。 「わたし、きめたんです。世界で一番しあわせになってやるって!」 ん~~~、そりゃ、あなたが幸せになってくれたら、うれしいけど、なにも、世界で一番幸せになんなくてもよくなくなぁい?? わたしが苦笑すると、彼女はいいえと、首をふった。 「だめなんです。絶対、一番幸せになんないと」 ん~~~、なんか、それって、いつぞや、仕分けだかなんだかで流行語大賞にも選ばれた女性議員の言、思い出すんですけど(~~) まぁね、ロンドン五輪じゃ、そりゃ、メダルばんばん獲って、やっぱ、メダルは最高だね、1位は素晴らしいねって、心から思ったけどもさ。 でもスポーツだからさ、あれ。 だいいち、そもそも幸せとかって順位つけられるもんなわけかぁ??? 「あんたたちのなかで、だれが一番幸せなんだと思う?」 母に質問され、激怒したことがある、わたし。 今思うと、そんな怒るほどのことでもないんだけど、その時はね。何故か無性に腹がたった。 ものすごい久しぶりに学生時代の仲間とあって、せっかくほろ酔い加減で帰ってきたのに。 「楽しかった?よかったわね。みんな元気だった?」 と言ったあとで、母はそうたずねた。 しかも、 「やっぱり、アコちゃん?」 と、一番裕福な家の子の名前をあげたのだった。 「あのね~っ!!なんでお母さんが決めつけんの、勝手に!」 「あら、いいじゃない、べつに、ただ、だれが幸せかなぁ~って」 「だからさぁ、みんなぞれぞれなのっ!くらべるってこと自体、意味ないんだっちゅうのっ!」 5人の仲間のうちわけは、専業主婦が二人。 もう孫もいるアコちゃんは、ボランティアで外国人に日本語をおしえている。 ショウコちゃんは、就活に突入した大学生の娘の帰りが遅いといつも文句を言っている。 「え、でも、自分なんか昔すごい遊び歩いてたじゃぁん」・・・・・ [続きを見る]

永遠のおわり

この世に、永遠なんて存在しない。 いや、単に、永遠につづきそうだった酷暑の夏もそろそろ終わりそうだぞ!!やれやれ・・・ ってだけの話です。 だって、ほんと、なんだか年々、酷暑になってきてるとは思いませんか? 息をするのもしんどい暑さって、どうよ! ちなみに、このところ、東京の最高気温を記録している練馬は、うちから電車で10分ほどの場所。 35度超えってさ、ここは砂漠か?   さて、そんな我が家ではクーラーが去年、いかれてしまった。 前回、クーラーが壊れたのは、10数年前。 ちょうど、父が寝こんだ時だった。 その年も、びっくりするほどの暑さで、心臓を患う父は、わずかなコップの水も分量をきちんとはかって調節しながら、細々と生きながらえていた。 太陽の照りつける外に出かけるなど論外で、終日、クーラーのわずかに効いた部屋で、ベッドの上、時折、ラジオやクラシック音楽に耳を傾けながら、静かに横になっていた。 ときどき、ひどく肩で呼吸をし、つらそうなので、病院に行く?とたずねると、黙って首を横にふる。 「なによ、入院したら帰ってこれなそうでイヤなの?」 私は冗談のつもりだったのに、父は「あぁ」と顔をそむけた。   ちょうど、そんな時,居間のクーラーが動かなくなった。 「こう暑いと、機械も人間様もいかれちゃうのかしらね」 「ほんと、どうにかしてほしいよね、この暑さ。クレイジーだわ」 私と母は笑いながら、父の部屋に避難した。 「あぁ、気持ちいい。生きかえるわ」 「けっ、オーバーだな」 父は弱弱しく苦笑いしたが、今思うと、あれは病人のささやかな抗議だったのかもしれない。 生きかえるだなんて。   新しいクーラーがくるまでの2日間、私と母はおもにその6畳の部屋で、すごした。 夕飯は、父もベッドをおり、床に3人で車座になって、出前の寿司をつまんだ。 「なんか昔の貧乏なコントみたいだね」 「『しゃぼん玉ホリデー』とか?」 「そうそう」 「あら、でもいいじゃない、なんか楽しいわ」 思えば、小学校の運動会以来だったかも! 親子で、こんなふうにひざをつきあわせて、ごはん食べるなんて。 「そういえば、昔は、台風のときとか、よくこうやって、ひとつの明かりの下に集まったよね」 「そうそう」 母とわたしのたわいない話は、父がベッドにあがって、いつのまにか寝息をたてるまで、続いた。   「どうした?苦しいの?救急車呼ぶ?」 はじめはいやがっていた父が、ついにうなずいたのは、それから三日後のことだった。 「なんで、もっと早くこなかったの?もしかして、当人がいやがった?」 かかりつけの大学病院の担当医は、 「まぁ、しょうがないね」 と、なぐさめるように母の肩をポンポンとたたいた。 それから、きっかり12日間後に父は亡くなった。   今でも、夏になると、きまって、クーラーが話題になる。 「あんまり暑いと、壊れるのよ。人も機械も」 毎年、あきもせずに、わたしたちは同じことを口にする。 そして、ついに去年の夏のおわり、クーラーがぴくりともいわなくなった時、私たちはどちらともなく、言った。 「お父さんが亡くなって、14年だからね。よくもったほうよ」 「「ほんと、あの夏も酷暑だったけど。・・・・14年かぁ、よくもったわ」 よくもった、というのは、なんだか、クーラーのことだけではなかった気がする・・・。   冬はガス暖房があるので、我が家のクーラーは夏だけの出番。・・・・・ [続きを見る]

夏バテ、夏ボケ?

1分前に聞いたことを、また聞き返す。 お気に入りの台布巾(!)の数をしょっちゅう数えては一枚足りないと騒ぐ。 レンジのチンの手順を、忘れる。 目の前のお菓子をあればあっただけ食べてしまう。 突然、ゲオとツタヤはおなじなの?と聞く。 はぁ? 名前が違ってんだから、違うってことだろよ~~っ!   ともかく、どんどん頓珍漢なことになっている。 同じ韓流ドラマをくる日もくる日も見ているくせに、突如、こんなシーンあったっけ?と言い出す。 変だわぁ・・・・って、お母さん、変なのは アナタですっっっ!! みんな、日本語うまいわねぇ・・・・って。 それ、吹き替えですからぁ~~~っ!!残念っ!!   もう、懐かしのギター侍に出てきてもらって、ばっさり斬りたいほど、毎日、キリキリしている。 82歳の誕生日をむかえてから、母は急におかしなことをいいだすことが増えた。   丁度、テレビで認知症のテストをやっていた。 一番わかりやすいのは、100から順に7を引き算していく問題だという。   「やってみなさいよ!」 私はイラつきながら、命じる。 「100引く7は?」 「93」 「93引く7は?」 「86!」 ・・・・・っえ??86?? ・・・・・あ、86か・・・・。 「そんじゃ、86ひく7は?」 「79!」 ・・・69・・じゃないっけ?・・・・・・・・・・・・ 私がビミョーに沈黙していると、母が笑いだした。 「79にきまってんじゃない。アンタ、またわかんなかったの??!!」 ・・・・・・・・あぁぁぁぁぁぁ・・・・・っっ!! 「ったく、どっちがボケてんだか!!! 人のこと言う前に自分が気をつけなさいよっ」 母は、ものすごおく気持ちよさそうに笑った。   え~~~んっ、そうだった! 突如、思い出した。 私ってば、昔から計算が苦手だったんだワ!!   小学校低学年のころ、よく留守番のさいちゅうに、牛乳屋のおばさんが、集金にきた。 用意してあったお札を渡すと、おばさんがおつりをくれる。 おばさんが帰ったあとで、いつも私は少しにんまりした。 「お母さん!また、おばさん、100円多くくれたよ!」 帰宅した母に得意げに報告すると、毎回、母は苦笑い。 「・・・・はぁ、まったく。どこがよ?本当に計算できないのね」 う~~ん、今月こそ、得した!!と思ったのに・・・・。   というわけで、私は、計算が苦手なだけじゃなく、おつりをちょろまかそうとするワルい子でもあったのだった。スイマセン。   算数のテストでも、応用問題のところには、よく三角とか半分だけ丸がついていた。 “考え方はあっています。・・・・・ [続きを見る]

海は見た!?

湿気をふくんだ風が髪をまきあげる。 空が高い。 ひさしぶりの青空に白い雲が流れていく。 トンビが上空をゆっくり旋回している。 山からはウグイスの鳴き声。 目の前は海。 右手に浮かぶのは、江ノ島。 クジラのような形がユーモラスで、くつろぎ感はもうパーフェクト。 東京から電車でわずか1時間。 片道1000円たらずで、こんな気持ちの良さが手に入るなんて! いつもとまるでちがう景色、まるでちがう時間の流れ方。   湘南にくるたび、後悔する。 なんでもっとひんぱんに来なかったのかと。   湘南っていうと、なんだかすごくオシャレなイメージがあるけれど、実は、海じたいはフツーだと思う。 格別美しい砂浜がひろがってるわけでもないし、それどころか得体のしれない海藻がぐんにょり打ちあげられているビーチは、フツーにちょっとどうよって感じだし。 でも、なにかが、特別なんだなぁ。やっぱり。 東京から一番近い海だから、ってだけじゃないよね??   有名なのはサザンでおなじみの茅ヶ崎あたりだろうけれど、私のお気に入りは、逗子から秋谷へぬけるコース。 人人人のオンシーズンより、6月の今どきが案外いけてます。   ウイークディ。 そもそも、いつもとは逆方向の電車に乗るってだけで、なんだかワクワク。 東京からはJRと京浜急行があるけれど、よりサボリ気分を味わいたいなら、だんぜん京急を。 JRだと途中まで通勤客と一緒なので、「むふふ、みなさんはお仕事でしょうが、ワシはこれから海だもんねぇ」という優越感はひそかに味わえますが、それよか働きにいくみなさんの朝っぱらからうんざりした怒りにも似た空気にちょっとやられてしまうので・・・。 京急ももちろんサラリーマン度は高いけど、おばちゃんや職人率が高い分、キュークツ感が少ないかも。 それに、なんたったって、海が近い!!! JRの逗子駅に対して、こちらはその名も逗子海岸駅!! 実際はものの5分も違わないのだろうけれど、大きなバスロータリーがひろがって街中っぽい逗子駅よか、細長いホームが一本で、いかにも行き止まりって感じのローカル感ただよう海岸駅のほうが、あぁ、着いた!って気になるのです。   海までは、初めての人でも地図なしに行けます。 矢印に沿って、歩き出せば、じき、小さな川に赤い橋がかかっているのに出会ったりして、いきなり旅気分。 こじんまりした町のこじんまりした道に、いかにも昔から住んでるお金持ちらしい立派な門構えの古民家があったり、 ゆとりのある奥さまが趣味のケーキづくりにあきたらなくて、ちょっとお店など出してみましたっ風なカフェがたたずんでいたり。 お、して、これは、逗子開成中高の矢印だ。 開成といえば、言わずと知れた東京の名門学校、御三家のひとつ。 へぇ、逗子に支店、じゃなかった、兄弟校があるんだ? そっか、逗子に住んで、子どもを開成に通わせるって手もあったか? 同じ開成でも、ここなら入りやすそうだし。 なんて、子どももいないのに(結婚もしとらんかった・・・)考えた自分が可笑しくて、ちょっと苦笑い。 そういえば、生涯未婚者なる専門用語があるそうな。 50歳過ぎても結婚してない人を、そう呼ぶんですって。 私は結果的に未婚なだけで、別に独身主義でもないし、たまたま結婚しなかっただけなんだけど、生涯未婚者って呼ばれるとなんだかけっこうショック! 子どもがいないことを残念に思うことはあるけれど、別にこうなった人生をとりたてて後悔はしてないつもりだけど、生涯未婚者ってくくられると、なんだか妙な寂寥感と憐れみをおぼえなきゃいけない気にさせられて、ちょいむかつくんですけど・・・・。 あ、いかん、いかん。 せっかく日常のしがらみから逃れて、自由の風にふかれているのに、ぐだぐだつまらんことを・・・。 さ、では、せっかくついでに細い路地をぬけて、名門私立の校舎でものぞいてみますか。 松林に囲まれた校舎は、まさしく林間学校のてい。 こんな所なら、いい感じで勉強がはかどりそう。 なんてね。ちょっと言ってみました(へへ) とりあえず不法侵入しないよう、そこらの小道を適当にたどっても、潮騒が聞こえてきて、家と家の間に手のひらほどの水平線が見えて、ちゃんと海にでられるので、ご安心を♪   この時期、浜には朝から槌音やらドリルの音が響いてる。・・・・・ [続きを見る]

スカイツリー

“さて、ここはどこでしょう?” 東京スカイツリーの写真をメールに添付したら、あわてて(?)友人から返信がきた。 “なにっ、もうのぼったの??!!!すごぉい!!どうだった?” ワハハ。しりませんがな、んなもん。 チケットどこにあるねんって話(^^)   確かにスカイツリーには行った。真下まではね。 初日のひどい風雨がうそのように晴れ渡った青空を背に、のっぽのツリーを仰ぎ見る。 あっちでもこっちでも、ケイタイ片手にしゃがみこんだり斜めになったりしているのだが、完全に全体を納めようとすると、ほぼ首を90度に倒さなくちゃならなくて、みんなついでに口もあいてしまっているのが、ご愛嬌。 それにしても、のぼれもしないのに、なんでみんな集まりますかね?毎日20万人以上の人出って!!? な、謎だぁ。 あ、私? 私は、ほら、通ってる整体院が錦糸町にあって、スカイツリーまで歩いてわずか12分。 オープン2日目だっていうし、待ち時間のあいだに、ふらっと立ち寄ってみた次第。 だいたい、私、人ごみは大嫌い。 土日にはまず出歩かないし、行列に並ぶのも嫌い。 けど、な、なんとその大混雑のスカイツリーなんですが、意外や、良かった。 商品片手に売り子さんが声を嗄らし、人の流れがおしあいへしあい黒い川(!!)みたいになってるショッピング街・ソラマチはともかく、ツリー周辺の様子ときたら、まぁ、開発したてとは思えない”昔のまんま”というか、もろ”普段着”! さすが、下町。 だいたい、あっちこっちにたってる警備員とか、お揃いのジャンパーきてる案内人とかからして、オシャンティな都心とは段違い平行棒。 これが六本木ヒルズあたりなら、全員、モデルか?!ってなイケメンや美女が案内にたつところだけど、スカイツリーはなんちゅうかほんちゅうか。 けっこうな爺ぃさん、爺ぃさん、おばちゃん、爺ぃさん、あんちゃん、おばちゃん、ねぇちゃん、爺ぃちゃんって布陣。 ・・・・・あ、あの、イケメン係員は、いずこに?? ここはハワイっすか?!   そう、初めてハワイに行った時、まず驚いたのは、ホノルル空港で出迎えてくれた人々が、見事に老人だったこと!! みなさん、日系で、現地の人にはもちろん英語で指示して、私たちにはちょっとヘンテコになってしまった日本語で話しかけてくるんだけど、どう見ても、あ、あの、も、もしや、80才超えてます?みたいな方たちばっかで。 その、すっかり白髪のお爺いさんとか、やたら大きな老眼鏡の婆さんとかが、派手なアロハやネグリジェ!(ムームーっていうけど、どう見ても寝間着だった!!!)姿で、のろのろ、いや、ゆ~~~ったりと団体客を誘導したり、トロリーの手配をしたりしてる様子は、なんかカルチャーショックだったぁ。 いつまでも現役ってすごいっていうか、人生って、どこまでも続いてるんだなぁっていうか。 多少スケジュールが遅れようがトラブルがあろうが、ノープロブレム、まぁまぁまぁって感じで、それこそが、ザ・ハワイ。 風は甘い花の香りがして、旅の疲れもイラつきも頭上にひろがるブルースカイにすうっと溶けていく。 なるほど、これが楽園のゆえんか?   東京のはずれ、下町・押上はハワイに比べれば、正直、若干の、いやかなりの?ビンボーくささというか煎餅くささ?は否めませんが、それでもそのダサさ(あ、言っちまっただワ)が、逆によかった、ほんと。   たしかに、オシャレな街はかっちょいい。 東京ミッドタウンには、ダルビッシュ似の超イケメン店員のいる韓国料理屋がある。 飯田橋のカナルカフェのウエイターは、今日からでもメンズノンノの表紙を飾れそうだし。 六本木ヒルズじゃ、サングラスにラフなかっこうの中田英寿(あのサッカーのヒデです!)が彫刻としか思えないような外人美女(モデルだ、絶対!)と肩を並べて歩いてる!! アンビリーバボ。 オシャレなスポットにはオシャレな人々が集まってる。 けど、けど、です。 川からの風を受けながら、あんまオシャレじゃない人々のごちゃまんといるスカイツリーの足下を歩いていると、なんかこっちの方が圧倒的にしっくりくるんだなぁ。 生活の匂いのしない街は、あくまでも一過性の、通り過ぎる場所でしかないさぁ。   結論。 東京スカイツリーは、立地がいい!!   何年か前、浅草に住む友人に、いい箸やがあって、今日は特売だから行かないと誘われて、出向いた時。 押上の町にはまだ開発のかの字もなく、やたら小さな町工場やしもたやが密集する一帯でしかなかった。 スカイツリーなんて、招致話もまだもちあがっていなかったころの話。 当時は、お世辞にもきれいとは言えない工場のすぐ横で、近所の人相手にただの長机に雑然と小売りしていたその箸やも、いつのまにか,ここは京都?!というような店構えとなり、雑誌や全国紙でたびたび取りあげられるようになった。 そうやって、町も人もいずれ変わっていくのだろうけれど、川から吹く風の気持ちよさだけは、かわらないでいてほしいなぁ。   と、ところで・・・・。 東京ではかくのごとく、もりあがってるんですけど。・・・・・ [続きを見る]

作家
: 正本ノン
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星座
: 水瓶座
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: A 型

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